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Hodogaya Special Needs Education School

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運動会に思う <教頭:本間 修治>

観測史上最も暑いと言われた夏も、ようやく彼岸を過ぎて秋を感じるようになりました。秋といえば「運動会」。日本の学校では恒例行事となっていますが、海外から見るとかなり日本独特の文化のようです。その違いはともかく、家族や地域と一緒に盛り上がるまさに「体育祭」と呼ぶべき行事です。単独のスポーツ競技大会とは異なり、様々な工夫を凝らした種目は、参加する人だけでなく見ている人も大いに楽しめるものであるからこそ、このように発展してきたのだと思います。今回の高等部運動会のスローガン「運動会を最高に楽しもう!」がそのことを象徴しています。 


特別支援学校では、運動会と文化祭は2大行事として従来より大きな存在感を示してきました。それは、教育課程において各教科・領域を合わせた学習や生活に密着した学習、教科横断的な学習の効果が期待できることから、生活単元学習という学習スタイルが盛んに行われてきていることにも起因します。運動会を例にすると、体育の授業で種目練習をしたり体力をつけたりすることが運動会へとつながります。また、美術の授業で応援グッズの制作、学級活動で看板制作といった取り組みをします。その他にも数学的・国語的な学習を含め、運動会という単元で様々な教科がつながり、合わせた活動が展開されていくわけです。

しかしながら、大きな行事は非日常を生んでしまいがちです。いつもと違うことが苦手な子どもも少なからずいますので、運動会練習が始まるとどうしても不安定になる様子が見られます。子どもたちの負担軽減や学校行事の見直しの中で、保土ケ谷養護学校では運動会と学習発表会を隔年行事として開催するようにしています。2年に1度ということで様々な意見がありますが、あのオリンピックのように何年か待った上での開催価値もあると考え楽しんでいければと思います。






『二十一世紀に生きる君たちへ』より <副校長:向井 博幸>

若いころから、作家の司馬遼太郎の作品が好きで、一連の作品群を読破していた時期がありました。多くが長編なので読み終えると一種の達成感を感じるのですが、それとともに勇気を鼓舞されるような感覚をもったものです。

晩年の作品に『二十一世紀に生きる君たちへ』という著作があります。この作品は、司馬のたくさんの著作の中で、子どもたちのために書かれた希少なもののひとつで、小学校高学年の教科書に掲載されました。

その中に、次のような一節があります。

「自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようには作られていない。このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言ってもいい。やさしさ、と言いかえてもいい。「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」みな似たような言葉である。この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない。」 『二十一世紀に生きる君たちへ』(司馬遼太郎 著)より

私たちは、ややもすると「やさしさ」というものを人間の固定的な感情、性格傾向と捉えがちです。しかし司馬は、それは訓練・トレーニングによって深めることのできるものである、「いたわり」「他者の痛みを感じる」感覚というものは、そうすることによって磨くことができる、しかも決して難しいことではないんだ、と言いきります。私は、この一節が大好きです。それは、「まだまだ自分も変われるんだ!」と希望がもてるからです。

みなさんは、どのようにお感じになりましたか。この著作、私の手もとに一冊ありますので、よかったらいつでも読みにきてください。






授業を作る はじめの一歩 <校長:片岡 充彦>

本校では、「学びの連続性」のある教育、「わかる授業」の実践等を教育目標に置いており、「学びの連続性」は、小学部・中学部・高等部の12年間を想定しています。私ども教員は、最大で12年間、子どもに接することになるわけですが、これを単純に時間換算してみると、毎日概ね6時間学習指導・支援を行い、年間で授業日数が210日ほどありますから、トータルすると1年間で1,260時間。それが12年間となると、1,260時間×12年間=15,120時間。12年間で15,120時間の学習指導・支援をしていることになります。この量は、あまり実感がわかないかもしれませんが、逆にいえば、実感がわかないほど膨大な量といえるかもしれません。

子どもの持っているこの時間(私どもが保有している時間ではありません)を、教員としてどう考えるか。当然無駄にしてはいけない時間になります。子どもの育ちを考える時、ある部分は放っておいても自然に学び伸びる面はあると思います。しかし教育は「意図的に」成長を促すもの。私どもは、最大で12年間、意図的に子どもの成長を促す学習指導・支援(仕掛けと仕組み)を考え実践する使命を帯びています。そして、それは、子どもの将来にも関わっていくことにもなります。私どもは、教師という職業に自分自身が選択して就いたわけですから、その責務を果たすことや重たさは常に自覚するべきことです。

そう考えると、学習指導・支援の内容は、子どもが理解でき挑戦していける、そして達成感が得られるものを設定しなければなりません。子どもが「理解できて、楽しいと感じる授業」が実践できれば、そこに将来につながる主体性や、高い自己評価、自尊感情が生まれてくるのだと思います。どうしたらそういった学習指導・支援が組み立てられるのでしょう。 
 
先ずは子どもの実態を把握すること、そしてあるべき将来像と現在の実態のギャップを把握することに尽きると思います。つまりアセスメントを丁寧に行うということ。その結果を把握して、きちんと教員がそれを理解することから始める。基本中の基本です。

アセスメントを行った、その評価を読み取る力も当然必要になります。本校では、アセスメント評価を読み取る力の更なる向上を図るため、今年度は、「アセスメントを活用した授業づくり」の研修を行います。こうした研修を繰り返し行うことで、教員の授業力の土台がしっかりしてくるのだと思います。「経験と勘」もヒットすることはあります。でもそれは、客観的なアセスメント評価の理解から導き出したものには及ばず、偶然の産物という見方もできます。学習指導・支援は、偶然ではなく客観性に裏打ちされた必然でなくてはならないと思います。

そして「個人のベストは、全体のベストではない」という言葉通り、教員個々の力量を上げることが、学校力を上げることに繋がっていくのだと考えます。

学び続ければ、「ブレイクスルー」を感じる時が必ずあります。これは、子どもも教員も同じ。






 







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